はじめに
歯周病は初期段階では痛みなどの自覚症状がほとんどないため、多くの人が放置してしまいがちです。歯磨き時に歯茎から出血する、歯茎が少し腫れている程度であれば、「たいしたことはない」と軽く考えてしまうかもしれません。しかし、歯周病は「沈黙の病気」と呼ばれ、気づかないうちに確実に進行していく恐ろしい病気です。日本人が歯を失う最大の原因は歯周病であり、成人の約8割が何らかの歯周病を抱えていると言われています。放置すれば、単に歯を失うだけでなく、全身の健康にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。本記事では、歯周病を放置した場合に起こる様々な問題について、段階を追って詳しく解説します。早期発見・早期治療の重要性を改めて認識していただければと思います。
歯周病の進行段階
歯周病を放置すると、段階的に症状が悪化していきます。
初期：歯肉炎
歯茎に軽い炎症が起きている状態です。歯茎が赤く腫れ、歯磨き時に出血しやすくなります。まだ歯を支える骨には影響が及んでいないため、この段階で適切なケアをすれば完全に治すことができます。
しかし、自覚症状が軽いため、多くの人がこの段階で放置してしまいます。
軽度歯周炎
炎症が進み、歯を支える骨が溶け始めます。歯と歯茎の間の溝（歯周ポケット）が深くなり、3ミリから5ミリ程度になります。
冷たいものがしみることがありますが、まだ強い痛みはありません。この段階でも、適切な治療で進行を止めることができます。
中等度歯周炎
歯を支える骨が半分程度溶けてしまった状態です。歯周ポケットは5ミリから7ミリになり、歯がグラグラし始めることもあります。
歯茎から膿が出る、口臭が強くなる、歯茎が下がって歯が長く見えるなどの症状が現れます。治療には時間がかかりますが、まだ歯を残せる可能性があります。
重度歯周炎
歯を支える骨が半分以上溶けてしまい、歯が大きく動くようになります。食事で噛むと痛い、歯茎が腫れて膿が出る、歯が浮いた感じがするなどの症状が顕著になります。
この段階になると、歯を残すことが難しく、抜歯が必要になることが多くなります。
口腔内に起こる問題
歯周病を放置すると、口の中にさまざまな問題が発生します。
歯を失う
歯周病の最終的な結果は、歯の喪失です。歯を支える骨が溶けてなくなると、歯は支えを失い、自然に抜け落ちるか、抜歯が必要になります。
日本人が歯を失う原因の第1位は歯周病で、全体の約4割を占めています。特に40代以降では、歯周病による歯の喪失が急増します。
噛めなくなる
歯を失うと、食べ物をしっかり噛むことができなくなります。咀嚼機能が低下すると、消化に悪影響を及ぼし、栄養摂取にも問題が生じます。
また、よく噛めないことで、脳への刺激が減少し、認知機能の低下につながる可能性も指摘されています。
審美的な問題
歯周病が進行すると、歯茎が下がり、歯が長く見えるようになります。歯と歯の間に隙間ができ、見た目が悪くなります。
また、前歯が前方に倒れてきたり、歯並びが崩れたりすることもあります。
強い口臭
歯周病が進行すると、歯周病菌が産生する物質や膿により、非常に強い口臭が発生します。この口臭は、市販の口臭ケア商品では改善できず、対人関係に大きな影響を及ぼします。
痛みと腫れ
重度の歯周病では、歯茎が腫れて激しい痛みを伴うことがあります。膿が溜まって腫れ上がり、顔まで腫れることもあります。
食事ができない、眠れないほどの痛みが出ることもあり、緊急で歯科医院を受診する必要が生じます。
全身に及ぼす影響
歯周病を放置すると、口の中だけでなく、全身の健康にも深刻な影響を及ぼします。
糖尿病の悪化
歯周病と糖尿病は、互いに悪影響を及ぼし合う関係にあります。歯周病による慢性炎症が、インスリンの働きを妨げ、血糖コントロールを悪化させます。
糖尿病がある方が歯周病を放置すると、血糖値がさらに上がりやすくなり、糖尿病の合併症のリスクも高まります。
心疾患のリスク増加
歯周病菌が血流に乗って全身を巡り、血管に炎症を起こすことで、動脈硬化を進行させます。研究によると、歯周病を放置している人は、心筋梗塞や狭心症のリスクが約2倍から3倍高くなるとされています。
脳梗塞のリスク
歯周病菌による血管の炎症や血栓の形成が、脳血管障害の原因となる可能性があります。歯周病を放置すると、脳梗塞のリスクが約2倍から3倍高まるという報告があります。
誤嚥性肺炎
高齢者では、歯周病菌を含む唾液や食べ物が誤って気管に入ることで、誤嚥性肺炎を引き起こすことがあります。誤嚥性肺炎は、高齢者の死因の上位を占める深刻な病気です。
口腔内の細菌が多いほど、誤嚥時に肺に感染を起こしやすくなります。
早産・低体重児出産
妊婦が歯周病を放置すると、早産や低体重児出産のリスクが高まることが報告されています。歯周病による炎症性物質が子宮収縮を引き起こす可能性が指摘されています。
認知症との関連
最近の研究では、歯周病を放置することが、アルツハイマー型認知症のリスクを高める可能性が示唆されています。歯周病菌が脳に到達し、炎症を引き起こすことが原因の一つと考えられています。
骨粗鬆症との関連
歯周病による慢性炎症が、全身の骨代謝に影響を与え、骨粗鬆症を悪化させる可能性があります。
生活の質（QOL）の低下
歯周病を放置すると、日常生活のさまざまな場面で支障が出ます。
食事の楽しみが失われる
歯がグラグラしたり、失ったりすると、硬いものや歯ごたえのあるものが食べられなくなります。食事の選択肢が狭まり、食べる楽しみが減少します。
栄養バランスが偏り、全身の健康状態も悪化する悪循環に陥ります。
人との交流が減る
強い口臭や歯の喪失により、人前で話したり笑ったりすることに抵抗を感じるようになります。対人関係に消極的になり、社会的な孤立につながることもあります。
自信の喪失
見た目の変化や口臭により、自信を失い、精神的な健康にも悪影響を及ぼします。
経済的負担の増大
歯周病を放置して重症化すると、治療は複雑になり、費用も時間も大幅にかかります。歯を失えば、インプラントや入れ歯などで補う必要があり、数十万円から数百万円の費用がかかることもあります。
早期に治療していれば、保険診療で数千円から数万円で済んだものが、放置したために莫大な費用がかかることになります。
治療が困難になる
歯周病を放置すればするほど、治療は難しくなります。
治療期間の長期化
初期であれば数週間から数ヶ月で改善できた歯周病も、重度になると1年以上の治療期間が必要になることがあります。
外科的治療が必要になる
基本的な治療だけでは改善しない場合、歯茎を切開する外科的治療が必要になることがあります。治療の負担も大きくなります。
抜歯のリスク
進行しすぎた歯周病では、どんなに治療しても歯を残すことができず、抜歯が唯一の選択肢になることもあります。
予後が悪い
重度の歯周病を治療しても、一度失われた骨は完全には戻らず、再発しやすい状態が続きます。生涯にわたって慎重な管理が必要になります。
早期発見・早期治療の重要性
これらの深刻な問題を避けるためには、早期発見・早期治療が何よりも重要です。
歯周病の初期段階であれば、適切な歯磨きと歯科医院でのクリーニングだけで完全に治すことができます。定期的な歯科検診を受けることで、自覚症状がない段階で発見し、治療することができます。
症状がなくても、3ヶ月から6ヶ月に1回の定期検診を習慣にしましょう。
まとめ
歯周病を放置すると、段階的に悪化し、最終的には歯を失います。初期は無症状でも、確実に進行します。放置すれば、口臭、痛み、歯の喪失といった口腔内の問題だけでなく、糖尿病の悪化、心疾患、脳梗塞、誤嚥性肺炎、認知症など、全身の健康にも深刻な影響を及ぼします。生活の質も低下し、食事の楽しみが失われ、対人関係にも支障が出ます。治療も困難になり、時間も費用も大幅にかかります。これらを避けるためには、早期発見・早期治療が不可欠です。定期的な歯科検診を受け、歯茎の出血や腫れなどの初期症状を見逃さず、すぐに治療を受けましょう。歯周病は予防と管理ができる病気です。
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