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江戸時代の歯みがき方法


こんにちは♫

ほほえみ歯科名古屋院 歯科助手です!
本日は、江戸時代の歯みがき方法について、お話しいたします!

奈良時代や平安時代には、仏教の影響により公家、僧侶、武将など上流階級の間で歯みがきが行われていました!
歯みがきが庶民に普及したのは、江戸初期(1624~1704年)です。
その背景には、房楊枝の考案と歯みがき粉の商品化があります。
房楊枝は、京都の郊外で考案され、猿屋の商品として売り出されました。
房楊枝の材料は、柳や黒文字の木の一端を木槌で叩き、針を並列した器具で梳いて繊維状にしました。

浅草寺境内の楊枝店は、美人の看板娘を置いて房楊枝を売っていました。
徳川三代将軍が、浅草寺にお成りの時、楊枝店を休息所とし有名になりました。

当時の美女が、房楊枝で歯みがきをしている図が浮世絵に多く描かれているのです!!

また、江戸時代の歯磨き粉は、江戸初期(1643年)に、 丁字屋喜佐衛門という商人が朝鮮人に教えて貰ったのが、歯みがき粉の始まりですなのです…!!

それまでは、焼き塩や焼いた米糠などを使って歯みがきをしていました!今とは全然違って驚きですね!

江戸の若い衆は、女性にモテようとせっせと歯みがきをし、歯が白いのが自慢でした。
これは今も同じかもしれません^ ^
歯が白いとモテモテになりますもんね♫

そして、、、歯みがき粉を使っているかどうかで、江戸っ子か田舎者かを判別したのです。
歯磨き粉は当時の高級品だったのでしょうか?

文化・文政時代(1800年代初期)には、100種類以上の歯みがき粉が売り出されています。

歯みがき粉の材料は、房総半島で採れた房州砂(粘土の細かい粒子)に 龍脳、丁字、桂心などの薬効成分を加えたものでした。

高級品の歯みがき粉は、麝香で香をつけ紅でピンク色に染め江戸の名物だったのです!!

そして、実は、歯を磨くという習慣は、インドが始まりなんです。
最初に“歯磨き”を提唱したのはお釈迦様。

修行の最中に、弟子の口がとても臭いことが気になったお釈迦様が、戒律のひとつとして、口の中をきれいにすることを弟子に指導したのです。

その後、歯磨きが日本に伝わったのは、仏教の伝来のとき。
始めは僧侶の間で習慣となり、公家や庶民へと広がりを見せていきました。
庶民が歯を磨くようになったのは、江戸時代のことです。
日本に歯磨きが伝来する前も、実は縄文・弥生時代に、人々が歯を磨いた形跡が残っているという話もあります!

歯の歴史も面白いですね^ ^
また当院でお待ちしております!^ ^

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